おはるの日記

自分と向き合うためのブログです。

わたしらしくありたい、の罠。

 

「わたしらしくありたい」

「わたしらしい人生を送りたい」

 

当たり前のように、なんの疑いもせず、

 

「わたしらしく」

 

生きることが大切だと思っていた。

 

だから、「わたしらしくありたい」とずっと思っていた。

 

 

けれども、そう思えば思うほど、

「わたし」がよくわからなくなった。

 

なにが「わたしらしく」て「わたしらしい生き方」なのか。

 

そんなとき、

「やりたいようにやってごらん」と言われた。

そのときわたしは、勇気づけられた。ほっとした。

 

そして、この言葉をきっかけに、

わたしはわたしの思う「わたし」に縛られていたんだな、と考えるようになった。

 

 

わたしが思っている「わたしらしさ」は、

これまでのさまざま知識や経験からつくられる「エゴ」からできていて、

 

過去の自分の経験と、そこから作られる自分の理想から

「わたしはこうするべきだ」「わたしはああなるべきだ」

とわたしの「わたしらしさ」を決めつけてしまっていると思ったから。

 

 

「わたしらしくありたい」と思えば思うほど、わたしがわからなくなるのは、

わたしの中で「わたし」と「わたしらしさ」が衝突しているから。

 

 

そもそも「わたしらしくありたい」という考え方はいらないんだ。 

 

そう思うようになった。

 

「ありたい」って思う時点で、今の自分を否定することになるし、

「わたし」で生きれば「わたしらしさ」は自然と自分から滲み出てくると思ったから。

 

 

「どんなわたしでもわたしである」 

「わたし」で生きる覚悟を持つこと。

 

 

「わたしらしさ」を考えはじめると、わたしが自分のエゴから「わたし」というものを判断する。

それを演じようとする。

それが自分なんだって納得しようとする。

だから、わからなくなる。苦しくなる。

 

「わたしらしい」かどうかなんて考えなくていい。

「わたしらしさ」を追い求めている限り、「わたしらしさ」は見つからないから。

 

大切なのは、「わたし」で生きることに集中すること。

 

「やりたいようにやってごらん」

 

この言葉に勇気づけられたのと同時に、

「わたしがわたしで生きる覚悟」が必要なんだと気付かされた。

 

 

自分はまだまだ弱い人間で、自分のエゴに苦しめられるときもあると思うけれど、

「自分」を見失わずに生きていきたいなって思った。

 

 

 

 そして、行き詰まった時は問いかけてあげたい。

 

「わたしはわたしを決めつけていない?」

「わたしがやりたいことやっている?」

って。

 

「こんなわたしわたしじゃない!」ってなりそうな自分がこわくて、

自分を守るための防衛反応でこんな考えにたどり着いた。 

 

これもきっと自分へのアヒムサ(非暴力)なんだろうなあ。

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おはる