おはるの日記

自分と向き合うためのブログです。

日本人でいられること。

 

日本の自然、四季、文化、そして食べ物。

 

これを感じて味わって暮らしている日本人って

どれくらいいるんだろう。

 

日本には、この四つがそろっている。

世界では有数の珍しい国だという。

 

そのため、観光の面において

可能性に秘めている、といっていた。

 

 

ダイヤモンドの原石はあるのに、

磨いてないために見た目は石のまま、

というもったいない状態と同じ

といえるのかな。

 

これを聞いたとき、

なぜ、可能性があるまま

残ってしまっているんだろう、と思った。

 

でも、そして、それはきっと、

これらを感じ、味わっている

日本人が少ないからなんだろうな、と感じた。

  

 

磨きをかける人は、本来ならばそれを一番近くで

毎日味わい感じられる私たち日本人。

 

 

でも、気づかない。

だから、「可能性」「ポテンシャル」という

言葉を使って、希望を持って、

だから、「可能性」がそのまま残るのかな。

 

世界からいろんなものが集まるようになった

現代の日本に「日本本来のよさ」を感じる瞬間って

めったにないのかもしれない。

 

四季や文化、自然を伝える架け橋となるはずの「食べ物」の

日本の食料自給率は40%を切る。

 

日本を代表するお米の消費量は年々減少している。

お米を食べなくなるということは、

自然とそれと食べ合わせるものも

変わってくるということだ。

 

四季や文化、自然を伝える「日本の食べ物」

が日本人から離れていく。

 

いろんな国からいろんなものが入ってくるのは

「多様性」を受け入れるという意味で

いいことだと思う。

 

でも、同じ「多様性」を受け入れるにしても、

自分たちの国を知って受け入れるのと、

知らずに受け入れるのとでは

違うのではないかと思う。

 

自分に優しくなれるからこそ、

周りの人にも優しくなれる。

これと同じ原理なんじゃないかな。

 

自分たちの国を知り、受け入れるからこそ、

他の国の考え方やものを受け入れられる。

 

認識することで、

自分と自分以外をわけて考えることができる。

 

自分は自分としていられることに誇りや自信を持てるからこそ、

自分以外の人やものも受け入れられる広い心がもてるんじゃないかな。

 

 

そう考えたとき、

日本には日本を意識して生活している人が

どれくらいいるのかな、と思った。

自分も含めて。 

 

自分を認識しないからこそ、

自分以外も認識しにくくなるのかな。

 

だから、「無意識」のうちに

いろんなものに侵食されるのかな。

 

最近は、そんなことを考えている。

 

 

「日本には四季も自然も文化も食事もある。

だから、それを世界に発信しよう」

 

観光を考えるときに、よく耳にする言葉だ。

 

間違っていない。

でも、ちょっと待って、と思う。

 

世界に発信することも大事。

 

でも、その前に大事なことがあると思う。

 

それは、日本のよさに気付き、それを味わい、

そして、それを伝えたい、と強い思いを持つ

日本人を育てることなんじゃないかな、って。

 

そうすることで、観光の在り方も

変わってくるのではないか、と思うし、

その影響は観光の面だけで収まらないと思う。

 

 

私は、せっかく日本人に生まれたんだから、

日本人であることに自信や誇りを持って、

生きていきたいって思う。

 

そして、自分だけでなく、

そういう風に思う日本人が

増えていってほしいな、って思う。

 

なぜなら、世界的に見ても恵まれている国で、

海外から高い評価を受けているのにもかかわらず、

 

それに気づかず生活しているなんて

もったいないと思うし、

日本という国に失礼な気がするから。

 

 

日本人が日本人であることを自覚し、

日本人でいられることに感謝の気持ちと

誇りを持てるようになったら、

きっと「地方創生」もうまく行く気がするんだなあ。。

 

日本人でいられること。

日本人としての私。

 

なんだか、考えさせられる。

 

おはる