おはるのブログ

自分と向き合うためのブログです。

世界平和のためのピラティス

 

心身の状態がよくなり、正常に働きだすと、

人は争うなど、おかしなことを考えることもなくなる。

皆が健康的になり、活力に溢れ、幸福感に満たされる。

そういった人が増えると自然と平和な社会になる。

 

これは、ピラティスメゾット(コントロロジー)を生み出した

ジョセフ・ピラティスさんが考えていたことだ。

 

ピラティスさんは、戦争を経験していたからこそ、平和への希求があったそうだ。

 

さらに、ピラティスさんが残している本にこんな内容が書かれている。

 

「文明が進むにつれ、刑務所、精神病院、病院といった施設の必要性は減少していくはずなのだ。しかし、私たちの時代はそうなっているだろうか。

・・・多くのすばらしい驚異を生み出してきた科学と発明を誇る時代に、

なぜ、私たちは肉体的進化を完成し、すべての創造物の中でもっとも複雑ですばらしいものー人間そのものーを完全に見落としたままだったのだろう。

人間が、これまで生み出してきたものに対するのと同じくらいの時間とエネルギーを、

自分自身のために費やしていたら、信じられないほど驚異的な進歩があったに違いない。

・・・人間が自分を知らないことは、体と心の働きにとって有害であり、

ゆっくりと、しかし、確実にモラルが低下していく。

その結果、不正、不道徳がはびこり、自分と周囲の人々に対する責任感が低下し、

同時に理想や倫理的教養が失われる。これは単なるお話ではなく、事実なのだ。」

 

(引用:コントロロジー ピラティス・メゾットの原点 P34より)

 

こうした問題意識を今から50年以上も前に持ち、

生涯にわたって人間が本来持っている健やかな身体と心を取り戻していくための

ピラティスメゾット(コントロロジー)を生み出していった

ジョセフピラティスさんは本当に天才的な人だと感じている。

 

世界平和のためのピラティスとも言えると思う。

 

これから、ピラティスを伝えていく立場として、

単なるエクササイズとしてのピラティスだけでなく、

こうしたピラティスさんの思いを伝えていける人になりたい。

そして、活力溢れる日本、そして、世界を創っていくことに貢献していきたいな。

 

おはる

 

現代社会におけるヨガ・ピラティスの価値と可能性

 

 

私が好きで、そして、これから先もずっと学び続けていこうとしている

ヨガ・ピラティスにある根底の思想。

 

それが、広井良典さんの著書

『ポスト資本主義――科学・人間・社会の未来』を読んで、つながった気がした。

 

下の図は、広井さんが説明している

人間社会と自然をめぐる全体的な構造をシンプルにまとめたもの。

コミュニティは共同体を、市場経済は個人を表している。

 

 

 

 

https://local-biz.jp/news/653より引用

 

16世紀前後からの近代社会の中で、

 

市場経済が拡大・成長していった。

それが、【資本主義】の誕生だ。

 

これは、

「共同体(コミュニティ)からの個人の独立」=【離陸】と、

「自然からの人間の独立」=【離陸】

を意味するという。

 

※筆者は、

【資本主義=「市場経済+拡大・成長」を志向するシステム】と考えている

 

しかし、この方向性は好ましくないという。

理由を以下のように説明している。

「人間の経済はその基盤に「自然」という有限な領域を持っており、

その枠の中でこそ存続できるのだし、

同時にそれは「コミュニティ」という基盤も持ち、

そこから、市場経済がただ乖離していけば、

様々な格差や分断が生まれ、結果として、

個人や人間にとっての土台そのものを侵食することになるからだ。」
 『ポスト資本主義――科学・人間・社会の未来』P79より引用

そのため、筆者は市場経済を拡大・成長していく“離陸”の方向ではなく、

その根底にある「コミュニティ」や「自然」という土台にもう一度つなぎ

“着陸”していくような社会システムの構想を作っていくべきだと述べていた。

 

この考え方が、

私は、ヨガ・ピラティスの根底にある考え方に通じていると思った。

 

というのは、この土台につないでいく考え方、

つまり、市場経済をその土台にあるコミュニティや自然につないでいく」

という方向を、

筆者は、「脳をその土台にある「身体」に“着陸”させる方向」

ということもできるだろう、と述べていたからだ。

 

脳科学者のアントニオ・ダマシオは、著書『デカルトの誤り』において、

自我や意識、思考といったものを、その基盤である身体性から切り離して

自存するもののように捕らえる見方に根本的な異議を唱えている、

とも説明していた。

 

養老孟司さんが、

自然と接しながら感覚で感じ取る社会ではなく、

頭の中で考え作られた社会で人々が生きる社会を「脳化社会」

と表現していることからもわかるように、

現代において、脳と身体をつなげていくことは重要な課題といえるだろう。

 

広井さんの考え方で説明すると、

身体という基盤があるからこそ、脳(心)も働くことができる。

脳が身体から乖離していけば、結果として、

身体も壊れ、脳も適切に働かなくなり、

自分自身を苦しめてしまうことになる、

というような感じになるだろうか。

 

「脳をその土台にある「身体」に“着陸”させる方向」

に導いていくのが、まさにヨガ・ピラティスだ!と思った理由は、

これらは、心(脳=思考器官)と身体を一体と捉え、

心身の健康を目指していけるようにデザインされているからだ。

 

 

この自然やコミュニティ、身体から離陸する考えを、

自己や自我にそくした議論でいうと、

独我論」という近代特有の考え方に

核心があるのではないか、と述べている。

 

独我論は、他者の意識の存在は確証がなく、

世界に存在するのは私の意識だけであるとする考えである。

つまり、

自然やコミュニティから切り離しても市場経済は存在できる

身体と脳を切り離しても私は存在できる

という考え方であり、

それが独我論にある核心的な考えを表しているのではないか、と。

 

そして、この考え方が、

市場経済とコミュニティ・自然」「脳と身体」

の関係を転倒させてしまった、と考察していた。

 

筆者は、市場経済がコミュニティ・自然に着陸としていくことを、

“地域への着陸”と表現し、コミュニティ経済が着陸への鍵を握るとして、

さまざまな具体例や事例をあげていた。

 

だとすると、脳が身体に着陸していくことは、

“身体(感覚)への着陸”と言えるだろうか。

その着陸への鍵が、ヨガ・ピラティスになるのではないか、と思ったのだ。

 

自分の身体や心の働きへの意識を向けていくことが、

豊かな人生、そして、社会を創り出すことにつながっていくのではないか。

 

土台から離陸した現代社会の構造や価値観から、

着陸に向かうための方法や思想に

ヨガやピラティスは貢献していけると思う。

 

そこに、ヨガ・ピラティスの価値と可能性があると思う。

 

おはる

 

 

ストレングスファインダーから見たわたしの中でのピラティスとヨガを考えてみた

 

ピラティスをすると、

軸がすっと伸びる感じで、

前向きになれる。

原動力となるエンジンが動き出す感じ。

 

ヨガは、心が寛容になって、

今を見つめる余裕ができて、

今の自分にやさしくなれる。

心が充電される感じ。

 

ピラティスは自分にフィットしていて、

ヨガは、自分に必要な要素であると

最近感じている。

 

なぜそう思うかというと

自分が常に前に向かって

進んでいたいタイプだから。。。

 

1年以上前にやった

ストレングスファインダーを思い出して

結果を改めて見てみると、

ああ、やっぱりなあ、と納得してしまった。

 

1. 戦略性

2. 責任感

3. 目標思考

4. 達成欲

5. 未来志向

 

この結果を見て、

常に前!前!前!って感じで走り続けて

心の余裕がひとかけらもなさそうな

少し息苦しいイメージを持ってしまった。

(自分のことなのに。笑)

 

自分のエンジンを動かすと感じる

ピラティスが自分に合っていると思うのは

性格面とピラティスで得られるものの

性質が似てるからだと思った。

 

だから、ピラティスは苦なく続けられている、と思うと妙に納得した。

 

一方、なぜヨガを始めたのか。

 

いろんな理由で、ヨガは始めたけれど、

最近思ったのは、

このままの自分だと自分が危ない気がしたから、

っていう理由があったのかもしれないということ。

一種の自己防衛反応なようなものかな。

 

ヨガを学んで資格まで取ったのは、

ヨガを習うだけじゃ続かない気がしたっていうのもある。

 

自分の中で、ヨガをよく知らないまま

マットの上でのレッスンだけしていたら、

ほかのことを優先させてしまいそうだなって。

 

これじゃあ自分変わらないなあ、と。

だから、学ぶことを選択したんだと思う。

 

ヨガとは正反対?の性格だからこそ、

ヨガを学んでよかったなあと思う。

 

目標に向かって、

前を見て進み続けることも大事だけど

なんていうのかな、

今に感謝して、今を大切にする、

一歩立ち止まって、ありのままを見る

というのも大事なんだよね。

 

来年からはピラティス漬けの毎日になるけれど

自分と反対の要素であるヨガも日常に取り入れて

自分のバランスを取っていきたいな。

 

 

おはる

 

個人の力じゃどうにもならない健康格差について。。。

 

「健康」は大事。

不健康より、健康のほうがいい。

 

できれば健康でいたい、と思うが普通だと思う。

 

それぞれの幸せの基盤には、必ず「健康」があるから。

 

だから、「健康」になるための行動をすればいい、っておもうけれど、

そう簡単にはいかないんだよね。

 

健康って、個人だけの問題じゃなくて、

社会の問題も含んでいるから。

 

いくら、個人が健康になりたい、と思っていても、

お金がなかったら、食事にも制限が生まれるし、健康関連の教室などにもいけない。

お金があったとしても、時間がなければ通えない。

 

そう、健康の社会的決定要因によって健康格差が生まれてしまっている。

個人の努力だけではどうすることもできないことがある。

 

私も、ピラティスの受付でいろんな人の話を聞くけれど、

仕事や家庭の都合で週末が限界という人がたくさんいる。

本当は、週に3-4くらいは通いたいし、

それが健康になるために理想的な頻度ということもわかってはいるけれど、

個人を取り巻く環境が、そうさせないのが現状なんだよね。

 

 

今の医療の仕組みは、病気の発見・治療に対して診療報酬が発生するから、

病気を発見・治療することは得意だけど、予防は不得意だなっておもう。

 

国が健康行動に対してインセンティブを出したり、

企業が福利厚生とかで健康行動を促したり、

社会が健康になるための環境を整えてあげられたら理想だな。

働き方改革にも必要な要素だと思う。。。

 

そしたらもっと健康な人が増えるはず!

体と心が健康だと、思考も行動も健全に働いて、

生産性も向上すると思うし、世の中ももっと平和になると思うんだな。。。

 

健康になりたいと思っている人が健康になれる社会になりますように!

 

おはる 

 

 

ピラティスを学ぶ理由②ヨガインストラクターからピラティスインストラクターへ。

 

ピラティスとの出会いは偶然だった。

 

ヨガの受付のアルバイトの面接に応募したつもりが、

ピラティスの受付のアルバイトだったのがきっかけ。

 

説明を聞いていくうちに、

ピラティスに興味を持ち、そのままアルバイトを始めることにして、

自分自身もレッスンを受けるようになった。

 

ピラティスはヨガと違って、

仰向けの姿勢で背骨を動かしていくエクササイズが多い。

インナーを使って身体をコントロールしていくので、

細かい動きが多いのが特徴かな。

 

初めてレッスンを受けたとき、

骨を一つ一つ動かす意識をもって、

身体の奥のほうの筋肉を動かしている感覚が新鮮で面白くて、

そんなに激しい動きをしているわけではないのに、

内側から身体がぽかぽか温まっていくのに驚いた。

レッスンが終わったあと、

視界が広がり、鮮明に映っていて、

これはすごいな、と思ったのを覚えている。

 

そして、レッスンを繰り返すうちに、

ある感覚が自分の中でよみがえってきているのに気づいた。

それが中学1年から中学2年にかけて

あるバレエ先生に教わった身体の使い方だった。

 

当時初めてのパドゥドゥ(男性と二人で踊るもの)をやることになり、

そのときの先生が身体の使い方を本当に丁寧にみっちり教えてくれた。

 

パドゥドゥの練習なのに、ほとんど踊らずに立ち方、歩き方だけで

指導が3、4時間続くときもあった。

それまでの私は、いかにポーズをきれいにとるかということに意識があり、

鏡を使ってよく練習していた。

「形」から入っていたので、中心が外に逃げやすかった。

だから、アダージオや回転ものが苦手だった。

 

でも、徹底した先生の指導のおかげで、

内側からコントロールして動かす感覚が身に付き、踊り方が変わった。

そして、踊りやすくなった。

 

当時は、とにかく練習が厳しくて、

次の日学校あるのに夜23時くらいまで練習が続くときもあったし、

今までとは全く異なる身体の使い方に苦戦して大変だったけれど、

その経験のおかげで変わることができたので、本当に感謝している。

 

ピラティスをしている中で、当時の感覚がよみがえってきて、

やっぱりこの身体への意識の向け方、使い方は大事だな、と

改めて感じるようになった。

 

そして、身体の機能的・効率的な使い方を学んで、

それを伝えられるようになりたい!と思ったわけです。

 

今考えると、その先生はロイヤルバレエの系統で、

ロイヤルバレエは、カリキュラムにピラティスが入っていたので、

指導にもそのエッセンスが入っていたんだと思う。

だから、その記憶とリンクしたんだなあ、と。

 

今まで大きく身体を動かすことが好きだったり、

アウタートレーニングを続けてきた人にとっては、

最初ピラティスは地味に感じ、難しく感じるかもしれない。

 

ピラティスは「身体の再教育」と言われているからね。

 

私たちって知らないうちに身体の使い方を覚えている。

そして、自分が正しいと思っている使い方で、身体を使ってしまっている。

 

ピラティスでは、そんな自分に気づき、

自分自身で修正していく、ということを繰り返す。

 

 

 

だから、難しいかもしれないけれど、

でも、その分得られるものは大きいと思う。

 

私は、「身体のこんな使い方があったんだ!」

っていう選択肢を与えられたらいいなあ、と思っている。

知らずに過ごしてしまうのはもったいないと思うから。

 

今日もがんばろう(^^)

 

 

おはる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピラティスを学ぶ理由。ヨガインストラクターからピラティスインストラクターへ。

 

人間は、視覚優位の生き物である。

だから、アーサナ(ポーズ)があるヨガは、

それが、ヨガの指標となりやすい。

 

アーサナでの静の時間の中で、

自分が何を感じているのか、

心はどう動いているのかを内観する。

アーサナを通して、自分自身を知り、心を落ち着かせ、

人生のパフォーマンスの向上を目指していくのが、

ヨガと言われている。

 

しかし、アーサナという完成形を脳にインプットしてしまった以上、

そのポーズに入りたくなってしまうのが、人間である。

 

人間は、目標が抽象的すぎたり、壮大すぎたりすると、

適切に行動しにくいと言われている。

人間の脳は、達成感という報酬を得るとうれしいようにできているため、

具体的で手に届きそうな目標があると頑張れるそうだ。

 

アーサナができるようになるとうれしい。

だから、アーサナができるようになりたい。

そう思ってしまうのは、そのためだといえるだろう。

 

でも、その思いが先走ると、

自分の心と身体の健康のために行っているはずのヨガで、

自分自身を痛めてしまうことになりかねない。

 

ヨガをやったことがある人はわかるかと思うけれど、

ヨガは大きな関節を動かしていく。

そして、ポーズにとどまり、静の時間を味わう。

 

だから、体の使い方が間違っていたり、

関節を支える筋力がないと、怪我をするリスクが高まる。

 

また、一見、ポーズができているように見えても、

それがインナー優位かアウター優位かで、

身体への負担は変わってきてしまう。

 

建物で表現すると、

インナーは、地盤と柱(軸)、アウターは、壁と想像してみるとわかりやすいかな?

地盤と柱がしっかりしていれば、地震や台風が来た時も立っていられるけれど、

壁はしっかりしているけれど、地盤と柱が丈夫でなければ、

建物はすぐに壊れてしまう。

 

人間も同じで、軸がない状態で、外側から固めていると

いつか身体を壊してしまう。

 

ヨガのポーズも教えられるようになりたいけれど

まずは、人間が生きる上で一番大切な

身体の正しい使い方を指導できるようになりたい、と思うようになった。

 

そして、そうすることで、本来のヨガの良さを楽しめる人が増えるとも思った。

 

それができるのが、ピラティスだと、

ピラティスをやっていく中で感じるようになり、

ピラティスを学ぶことを決心した。

 

 

 

 

 

 

 

薬を処方するように、エクササイズを処方するのが当たり前の世の中にしたい。

 

人が一番輝ける身体と心の状態に導ける人になりたい。

そして、その人本来の良さを発揮し

幸せに生きられる社会を創造していくことに貢献したい。

 

これが私の夢、目標。

 

少し前までは、「心と身体」と表現していたけれど、

「身体と心」の順番に変えました。

 

理由は、身体の状態を変えることで心の状態が変わることを実感しているから。

 

 

身体へのアプローチって、

例えば、ダイエットとか、筋肉をつけたい、とか

外から見える効果を求めて取り組むものがほとんどだと思うけれど、

 

私は、身体へのアプローチによって、

心の状態をよくしていき、よりよい人生を送るサポートができたらいいなあ、

って思っている。

 

薬を処方するように、エクササイズを処方するのが当たり前の世の中になったら、

健康で、いきいきと暮らせる社会になるんじゃないか、って思う。

 

ちなみに、私がヨガのほかに、注目しているのがピラティスであるが、

ピラティスさんという方が生み出したメゾットだから

ピラティスという名前がついている。)

ピラティスさんは、

「心身が健全になると、人と争うなど、おかしなことを考えることもなくなり、

そういった人が増えると自然と平和な社会になる」と考えていたそう。

 

感覚的だけど、すごくわかる。

 

すっごく極端な話だけど、

世界中の人が、身体を整える時間を作れば、思考も健全になり、

きっと世界はよりよくなると思う。。。

SDGsの開発目標も簡単に達成できる気がする。。。

 

うんうん。。

薬を処方するように、エクササイズを処方するのが

当たり前の社会になったら、電車の中の空気間はまた違ったものになるのかなあ。

たのしみだ。

 

まずは、エクササイズを処方できるくらいの人間になれるようにがんばろう!

 

 

おはる